米国の保守派が嫌うもののひとつが"リベラル偏向"。
メディアやアカデミアは、しばしば「偏っている」「リベラルすぎる」と保守派から批判される。テンプル大学の訴訟もその一例だ。
5月11日付のThe Chlonicle of Higher Education(A22-23面:写真)によると、修士課程の元学生が同大学を訴えていた。政治的好みが違うことを理由に「教授に仕返しをされた」と主張している。原告はボスニアに従軍経験がある元軍人。教授が送った反戦メールに反発し、学長に批判の手紙を送った。それが理由で退学処分になったと訴えていた。
先月、連邦裁判所はこの訴えを棄却した。記事には双方の主張の食い違いが示されている。実際、何があったかは分からないが、アカデミアがリベラル偏向である---という指摘は間違っていない。
Chlonicle同号は米国の大学理事へのアンケート結果を掲載している。それによると、共和党支持は大学理事で42%に上るが学長はわずか19%に留まる。2004年の大統領選挙でブッシュを支持したのは、理事で49%、学長で28%といった具合だ。ある私立大学の男性理事は次のように話す。"Freedom of speech is too often reserved only for politically correct opinions.(表現の自由は政治的に正しい意見に関してのみ、留保されることが非常に多い)"(以上A-15面より)
その通りだなと思う。ミシガン大学のキャンパスでは共和党支持者に会ったことがないが、少しクルマを走らせればブッシュ支持者が大半を占める。サマーズ元バーハード学長のようにクビになりたくなければ、マイノリティーに配慮して発言しなくてはならない。
こと政治的正しさにおいて、米国は日本以上に建前社会である。自分を知的に見せたければ、とりあえず女は褒めておけ、アフリカ系の優遇には賛成しておけばいい。少数派に対して批判的なことを言うなら、知的レベルが低い田舎者と思われることを覚悟しなくてはならない。
昨年秋の選挙で、ミシガン州でアファーマティブアクション(積極的是正措置)反対派が勝ったのも今では分かる。本音の議論ができない雰囲気の中で、リベラルと保守の溝は深まるばかりだ。