1カ月の語学プログラムも明日の終業式を残すのみとなった。教室での授業は今日でおしまい。

毎日9時半から約50分行われてきた、Dr. Jordenの最後の講義は「ユーモアについて」、「このプログラムを終えた後、どうやって英語学習を続けたらいいか」。彼女がかつて勤務していたコーネル大学には、毎朝のように同僚の部屋を回って新しく仕入れたジョークを披露している教授がいたという。日本なら「駄洒落好きなおじさん」と見なされてあまり歓迎されないような気がするが「アメリカではユーモアはとても大事」とのこと。「外国人のあなたたちは、ジョークを聞いて面白いと感じるまでには長い時間がかかるが、なぜ面白いと思われるのか理解することはできる」と言われた。
Dr. Jordenが20回にわたる講義で繰り返し強調したのは、言語は社会慣習や文化と一緒に学ばなくてはいけないということで、特に何度も言われたのはこの2点だった。

×単語を文脈から切り離して覚えてはいけない
→○ 特定のシーンを想定して作られたDialog(会話)を丸ごと暗記せよ。完全に身につくと、必要な場面で自然に口をついて出てくるようになる
×ネイティブスピーカーと自由に話すだけのレッスンは無意味どころか有害
→○自分が話した内容を録音してネイティブに直してもらえ。誤りを指摘してもらう機会がなければ、ネイティブと結婚して何十年も経つ人でも初歩的なミスをする。間違いを放置したまま流暢に話すようになるともはや直しようがなくなり ”---abominable fluency. This is a terminal illness”(Dr.Jorden)になるという。

1つ目のルールに従って、私たちは毎日、宿題としてA4用紙に4分の1〜半分程度の会話を2〜3つ丸暗記させられた。授業の時は会話を暗記していることを前提に、発音や音の省略を繰り返し練習する。2つ目のルールは、もう少し早く知っていたかった。東京にいる間、ベルリッツと家庭教師を合わせて250時間以上の個人レッスンを受けてきたが、語彙以外の間違いをその場で指摘してくれる教師は少なかったからだ。幸いまだ流暢ではないので、ミシガンに行ったらあらためて家庭教師をつけて、今度はきちんと録音して間違いチェックをしてもらおうと思う。おかしな点を指摘されないと改善がないのは、原稿を書くのとよく似ている。

ところで、Dr. Jordenが20代の時に書いた本 ”Spoken Japanese(写真)”は第二次大戦後に日本を占領した進駐軍に使われていた。Bryn Mawrの図書館でその本を探してみた。日本語学習のための心構えのようなことが書かれたページを見て目を見張った。私たちが講義で言われてきたのと同じこと---「dialogを memorizeせよ」、「ネイティブを見つけてレッスンを受けること。その際は必ず録音をすること」が書かれていたからだ。本の出版は1946年。当時はカセットテープレコーダーはないが「自分が話したことを録音してネイティブに直してもらえ」という趣旨は変わらない。60年前に、自分の方法論を確立していたことに驚く。この1カ月間、私たちは進駐軍と同じ語学学習理論に基づいて勉強してきたのだ。

「趣味は仕事」「私は教えることを愛している」「若い人と会うのが好き」とDr.Jordenはいつも言っていて、裕福な退職者向け住宅から毎日、電動車椅子に乗って講義に来てくれた。クラスメートの調べでは彼女は叙勲もしているが(たぶん宝冠章)、彼女の口からは語学と関係ない昔話の類は一切出てこなかった。孫より若いであろう私たちの発音を厳しく、かつ丁寧に直してくれた。こういう人にはぜひ長生きしてほしいし、彼女の生きがいであるに違いないこのプログラムに来年もたくさん生徒が集まってほしいと思う。