本書は、BRIC+UAE、つまりブラジル、ロシア、インド、中国、アラブ首長国連邦の拠点を持つ多国籍企業の「現地女性活用」に関するもの。
ファイザー、グーグル、シスコ・システムズ、ゴールドマン・サックスなど、有名グローバル企業の事例が豊富で説得力がある。さらに、各国の高学歴(=大卒以上)女性の本音や体験談に基づくエピソードが興味深い。
本書全体の趣旨は次の3点に集約される。傍証するデータや数値は本書に記してあるので、関心がある方はぜひ、読んでみてください。巻末のグラフを眺めるだけでも面白いと思います。
新興国では、
1)優秀な労働者が不足している
2)女性の方が男性より学歴が高い
3)高学歴女性は欧米女性より野心的である
ある多国籍企業の幹部は1)と2)を踏まえて言う。女性労働力の活用は「社会問題ではなくビジネス上必要な戦略である」。3)については、ほぼ全員が昇進して企業トップになりたいと考えている。
国別に「彼女たち」を取り巻く環境を記した章が面白い。
ひとつ日本と大きく違うのは、新興国女性にとって、家事や育児は就業継続の問題にはならないことだ。公的な保育園が充実しているためではない。親や親族に頼れるためだ。また、経済格差が大きいので、ベビーシッターや家事援助を国内で安く調達することもできる。一方、親や年長の親族が要介護状態になると「良い娘」たちは仕事を辞めて看病に専念する。育児より看護や介護の方が、両立を難しくする。
もうひとつ、日本との違いで印象的だったのは、通勤環境の劣悪さ。東京でも通勤の長さは問題視されるが、新興国の問題は質が違う。不便なだけではなく、危険なのだ。あるブラジル女性は、車通勤で信号待ちをしている間に強盗にあった。バイクで近付いてきて窓越しに銃を突きつけられたのだ。会社の目の前の駐車場でも被害に遭い、たまりかねて社長に直訴した。モスクワで働くロシア女性は、渋滞を避けるため朝5時台に会社にくる。空いていれば30分の道のりが、混んでいると3時間もかかるからだ。インド女性は危険を感じるため公共交通機関では通勤できない。
渋滞と危険な公共交通の問題に対応するため、様々な策が取られている。例えば女性専用電車を作ったり、雇用主が自宅から会社まで運転手つきの車で送迎するといった具合だ。そもそも通勤せずにすむよう、在宅勤務を進めることもある。道路や地下鉄など政府の仕事が追いつかない分を、多国籍企業が福利厚生の形でカバーする。
様々な課題はあれど、多国籍企業は優秀な人材=現地女性労働力を獲得するために工夫をこらしている。ふと、日本企業のことを思った。同じ文化を共有し、同じ言葉を話す女性の活用にすら手こずっていて、海外で本当に戦えるのだろうか、と。また、長くても数カ月の産後休暇で仕事に復帰する「彼女たち」と、のんびり育児を楽しんでいる私自身の間にある意識ギャップを目の当たりにした。