年初から面白い本を読みました。


主人公は38歳の平凡な主婦、2児の母で夫は単身赴任中。友人の強引な誘いで働き始め、社会の仕組みを知り、家庭の大切さにあらためて気づきます。


本書を手に取ったきっかけは、私と同世代の女性がツイッターで紹介していたため。実を言うと、「ビジネスマンに人気の男性作家が女を描くと、どれくらいピント外れか見てやろう」という意地悪な動機でアマゾンの購入ボタンを押しました。


予想は良い意味で裏切られました。確かに主人公は、私から見るとだいぶ保守的です。家事や育児を丁寧にとりおこなう、良き妻にして良き母。夫を愛する可愛い女でもあります。その言動は企業戦士のビジネスマンにとって、理想の妻でしょう。かたや、素子を仕事の世界に引っ張り込む「強引な友人」ルミは、どう見ても悪女。3児の母ですが、育児は姑まかせ。「連れ合い」と呼ぶ商社マンの夫との仲は冷えていて、自分の仕事(講師派遣業や市場調査を担う小さな会社を経営)を優先し、家族に公平な家事分担を求めた結果、家族は崩壊していきます。ルミが体現する、アメリカ人のような強い女は批判的に描かれています。


…こんな風にまとめると「やっぱり、働く女を否定的に描くんだな」と思われそうです。私は、ルミに関する描写を読んでいると、漱石の『虞美人草』を思い出し、「女が自我や自己実現の欲求を持つのが、男性知識人はよっぽど嫌なんだな」と苦々しく感じることもありました。しかし本書は単純に保守的な物語にはなりません。働く女性たちを巡るエピソードの数々が非常にリアルであるためです。私はマスコミ勤務のため、ここで描かれる世界と似たような出来事を見聞きしています。もてはやされる女性経営者。「働く女性」というだけで、小さな成果でも大々的に取り上げられること。一方で少しの失敗も大げさに扱われる…。「この人のモデルは…」などと考えると面白かったです。


登場人物は、仕事と家庭のバランスを様々な比重で取っている女性たちの見本市になっています。一番おとなしいのが、つい最近まで専業主婦だった素子。そして家事育児は家族に任せ、可能な限り人脈を広げて仕事上の成功を狙うルミ。さらに、元女優で恋多き女である作家、研究者や成功した経営者となった女性たちが加わります。


物語には、全てを手に入れた女性、つまり仕事の成功も夫も子どもも手に入れてた女性作家が登場します。彼女の夫は「主夫」であり、子どもを背負い掃除機をかける姿で嬉々として写真におさまります。その一方、仕事と家庭の両立に苦労したり、両方を手に入れようとしてもがく女性たちは、口をそろえて「私に必要なのは何よりも妻だ」と言います。こうした描写から、ビジネスマンが仕事の成功と家庭の幸福を「当然のもの」として享受できるのは専業主婦のおかげ、という作者の裏返しのメッセージを感じました。城山三郎シャドウワークを理解していた…これは発見でした。


物語の後半、仕事に振り回されて家庭の様子が怪しくなってきた素子が「仕事の代わりはいるけれど、母や妻の代わりはいない」と諭される場面が出てきます。これだけ取りだすと、女を家庭役割に引き戻そうとする、保守的な言説に見えるかもしれません。しかし、私自身は実際に外で働き、子どもを持った今、読んでみると「確かにそうだな」と頷かされました。


本書が書かれたのは1986年。今から25年前のことです。細部は変わったものの、女性の労働を巡る課題が変わっていないことが分かります。文庫で簡単に手に入るので「どこが変わって、どこが変わっていないか」考えながら読むと面白いと思います。


私は「仕事の代わりはいるけれど、父や夫の代わりはいない」という言説が少しずつ広まってきたことが、この四半世紀の最大の変化だと感じています。