春休みホーチミン旅行(1)戦争関係

 「ベスト・アンド・ブライテスト」を読んだら、どうしてもベトナムに行きたくなって家族でホーチミン旅行。夜中に羽田を出発してホーチミンに朝5時台に到着。帰りも夜便で現地発、東京に朝戻ってきたので、しっかり観光時間を取れました。

 4月のホーチミン、気温を調べると6~7月の東京と同じくらいで暑いです。冷房をきかせている場所が少ないので半袖で充分でした。

 

 まずは、戦争証跡博物館へ。フランスからの独立、アメリカとの戦争に関する経緯が分かります。

 2つ印象的な展示室がありました。

 ひとつめは、報道写真を集めた部屋で、虐殺されたベトナムの村人、逃げる人々、ベトナムアメリカ両側の傷ついた兵士たちの写真やエピソードは、数十年経っても戦場の残酷さを伝えていました。展示をスポンサーしているカメラメーカーの社会的責任――戦争の愚行を伝え平和や未来を志向させる――も感じ取りました。

 もうひとつ強い印象を受けたのは、枯葉剤被害に関する展示室で、四肢がない状態で生まれたり、肌が変形したり、自立した生活ができない状態になったりした人たちの写真が多数ありました。ゲリラが潜むジャングルを丸裸にするため、アメリカが撒いた枯葉剤のもたらした恐ろしい被害です。

 この展示室冒頭にはアメリカ独立宣言の有名なフレーズ「All men are created equal(全ての人間は平等に作られた)」が書かれたパネルがあります。同じ人間に対して、なぜこのような酷いことができるのか、同じ人間だと思ったら、このようなことができるわけはない、という痛烈な皮肉をこめた批判と解釈しました。

 枯葉剤の被害者はベトナム人だけでなく、アメリカ人、韓国人にも広がっていることを初めて知りました。

 アメリカでこの問題はタブー視されているそうで、2016年5月に訪越したオバマ米大統領枯葉剤に言及したことが、歴史的な出来事として報じられていました。以下の日経新聞記事によれば、それでも謝罪をしていないようです。

www.nikkei.com

 

 博物館の入り口、1Fですぐ目につくのは、世界各国の反戦運動ベトナム支援運動の写真やポスターです。日本の「ベトナムに平和を!連合会(べ平連)」の大きなのろしも目立っていました。

 翌日は、ベトナム戦争中、北の兵士が使ったクチトンネルを見学しました。Tripadvisorで紹介があったツアーで、13時にホテルに迎えがきて19時過ぎにホテルに戻る半日の企画です。私たち家族の他に、カップル2組と若い男性4人組がいました。マイクロバスで1時間半かけてホーチミン郊外へ行き、その後、整備されたエリアで現地ガイドの話を聞きながらトンネルや兵士の作った罠を見学しました。

 ガイドさんが開口一番「私たちにとっては、ベトナム戦争ではなくアメリカの戦争」と話していました。下の地図の赤い部分に地下トンネルがあり、近くにある米軍の拠点を狙ったそうです。

 上の写真はトンネルの模型です。川に通じる出口もあり、水中で使えるソ連製の銃を使ったとか、三角に掘られたトンネル内の小部屋で女性兵士が出産したといった話を聞きました。
 ゲリラ戦は相手を倒すことより、怯えさせて戦意を低下させることを意図したとか、敵を殺すよりけがをさせることで、救助を含め複数人員を戦闘不能な状態にすることができるといった話や、子ども兵士が隠れた岩に擬態した隠れ家を見たり、想像を絶する戦いぶりに言葉を失いました。

 この展示だけを見ると、北軍、ゲリラの持つ道具は銃を除けば中世風のものが多く、超近代的な装備を持つアメリカと、よく戦ったものだ…と思います。

 色んな質問に答えてくれるガイドさんに「過酷な環境で、兵士が戦う動機は何だったのか」と尋ねてみたところ、祖国を守り統一したかった、というベトナム側の事情に加えて若いメリカ兵は異国の地で戦う意味が見いだせなかったのでは、という答えでした。また「ベトナム戦争が終わったのは、ベトナム兵士の奮闘はもちろん、世界の人が応援したから。例えばアメリカにも戦争に反対するヒッピーみたいな人たちがいた」とも話していました。

 帰り道、娘に感想を尋ねたら「平和について考えられるのは、今が平和だからだなと思った」と話してくれました。