Institute for Research on Women and Genderでお昼から開かれたレクチャーを聞きに行った。


ここの客員研究員をしているアゼルバイジャンの女性大学教授が祖国の女性たちについて話した。アゼルバイジャンは北はロシア、南西はイラン、東はカスピ海に面した旧ソ連の国。人口は800万人で石油が出る。人口の9割がイスラム教徒である。


非西欧諸国出身の女性が自国の女性について講演をすると、必ずといっていいほどネガティブな話になる。ダイバーシティ先進国アメリカや育児支援の進んだ北欧と対比しつつ「うちの国はこんなところが遅れてます、女性はこんなに差別されてます」という話が続きがちで、ステレオタイプ進歩史観にイライラさせられる。スピーカーがイスラム教国出身の場合、聴衆のアメリカ人が求める「抑圧されたイスラムの女性像」を補完するようなケースを紹介することが多い。


今回もそういう感じの話になるんだろうな、とあまり期待せずに聴きに行ったら予想外に面白かった。アゼルバイジャンイスラム教国だが世俗的で、今の40〜50代女性もイスラム的な経験をしていないこと。イスラム教以前に信仰されていたゾロアスター教の影響で男女平等な考えが浸透していること。12世紀にイスラム教が広まった際も、女性詩人が活躍してヒーロー的扱いを受けていたこと。ソビエト連邦に入ってからは、社会主義の影響で男女平等が進んだこと。絵や写真を多用したプレゼンは見ていて楽しかった。


そして予想通り、質疑応答の時間にはアメリカ人とおぼしき女性が矢継ぎ早にこんな質問をしていた。「あなたが話した女性たちは中上流の恵まれた層なのでは。中下流の層はどうなのか」「アメリカの大学ではジェンダー研究ではLGBT問題が扱われているが、あなたの国ではどうか」。講演者から自国についてネガティブなコメントを引き出すことを目的にした質問ばかりで、私はとても嫌な感じがした。


面白かったのは、講演者がアメリカのフェミニストの常識に疎かったのか、こういう質問を聞き流していたこと。「どんな社会にも恵まれない人はいますよね」「同性愛は私の国ではまだ大きな問題にはなっていませんが、大学内で動きが出たらお知らせしますね」といった具合。生半可にアメリカのフェミニストの考え方を知っていると「問題意識の高いアメリカVS遅れた自分の国」と思ってしまい「すみません、私の国ではまだそこまで進んでいないんです」と自虐的な返答をしがちだ。脊髄反射的なフェミニストには、こういう風に対処すればいいのか、と勉強になった。余計なことは知らない方が強いのかもしれない。