1歳をすぎ、育児がとてもラクになった。


楽というか、楽しい。もっと正確に言えば幸せ。


少し余裕ができたのでメールを整理しながら、去年の今頃、書いたり受け取ったりしたものを読み返すと、必死だったことを思い出した。


特に大変だったのが生後2カ月までで、昼も夜も関係なく泣くから、ずっと抱いていなくてはならず、乳腺が何度もつまって激痛だし、10年以上、外で働く生活をしていたから、ほとんど外出できないこともストレスで、夜、寝ている子どもを夫に託して、マンションの廊下に3分間「外出」するのが数少ない息抜きだった。


私は他の人に比べれば楽な方だろう。夫は家にいる時はオムツを換え、料理をして、夜中に子どもが泣いたら私を起こさず、ミルクをあげていた。核家族で子育てする大半の女性と比べ、私の負担は半分だったはずだ。


それでも、やはり、大変だったことは記憶に鮮明だ。生後7週くらいの頃、夫が海外出張に出かけた。約10日間、他人の命を自分1人で責任もつことは、大きなプレッシャーだった。子どもが起きている間は何も手に付かず、夜、寝てから隠れるように料理を作りだめする。それらをレンジで暖める余裕すらなく、冷たいまま食べたことを思い出す。子どもが泣く前に魚を焼くことができれば、その日はすごくラッキーだった。


何より大変だったのは、反応がなかったことだ。話しかけても歌いかけても、見えているのかいないのか。ぐずるので散歩に連れて行けば、ようやく着いた公園を目の前に、ぐっすり眠り込んでいる。それでは、と帰ると途端に起きて機嫌が悪くなる…。


そういう日々がむくわれたのは生後約2カ月、初めて笑ってくれた日で、涙が止まらなかった。約10年間、誰もが名前を知る有名人に話を聞き、多くの人に読んでもらえる場所に文を書く幸運を得て、いわゆるやりがいのある仕事をしてきたはずだが、それまで得てきた喜びが、全て無価値に思えるほどの、それは笑い声だった。誤解を恐れず正直にいえば、なぜ、多くの女性が、せっかく受けた高等教育や就職時の競争に勝ち残ったことをふいにして仕事を辞めるのか、この時、初めて理解できた。この喜びに匹敵する報酬を、企業が従業員に提供することは、とても難しいだろう。


不思議なもので、コミュニケーションが取れるようになると「大変」という感覚は激減する。保育園に迎えに行くと満面の笑顔ではいはいしてくる。ばいばいの仕草を真似る。音楽に合わせて踊る。それらを見ることで、家に帰ってから、もう1回、フルタイムの仕事に匹敵する量の家事と育児をこなすエネルギーがわいてくるのだ。


今では「少し大変だが幸せ」、一方、生後2カ月までは「幸せだがすごく大変」なのが育児。新生児を連れた主婦とおぼしき人を見ると心から応援したくなる。この時期、夫は、とにかく早く家に帰るべきだ。新生児の世話と比べたら仕事の大変さなど数十分の1である。主婦だから家事育児をするのは当然というのは間違いだ。私自身、20代は生理がとまるまで働いて病院行きになったこともあるが、その頃と比べても、生後2カ月までは仕事より育児の方が大変なのである。