前に記したように、寄稿者の雇用主や分野に偏りがあるため、単純に一般化はできません。ただ、本書の中でも、数学を使う研究分野の女性たちのエッセイは「アカデミアで働きながら育児することのメリット」を記す傾向にありました。
ある経済学者は、自分で産むのではなく養子を迎えました。彼女は育児を始める前に転職して、経済学の研究者から、リベラルアーツカレッジの数学教員に職種換えをしました。研究者がエライとされる業界のルールに照らせば、キャリアダウンになりますが「両立しやすいこと、職場の雰囲気が良いこと」を優先させました。学部と交渉して、養子を迎える準備のための休暇制度を作らせたりもしています。彼女は今の職場に満足しているので、経済学者に戻らないかという誘いを断りました。
また、あるエンジニアの女性は「大学院生時代は出産するのにベスト」と言います。この女性は高卒後、数年間の就労経験があるためか、明確な目的を持って工学部修士課程に進んでいます。働きながら大学院生を続け、クラスメートと結婚した際は「2人とも年を取っているから一刻も早く子どもを」と計画。子連れで講義を受けたり、教授と論文の打ち合わせに行ったこともあります。ある男性教授に嫌味とも受け取れることを言われた時は、一瞬考えて良い方向に解釈し「ふむ、ふむ」と答えて受け流しました。細かいことに捕らわれず、夫と協力しながら3児の母となった、この人のエッセイは明快で愚痴っぽいところがありませんでした。
他にも科学者同士のカップルが、サバティカルを利用して子どもに欧州文化を経験させた体験談を通じて、アカデミアで働く母親であることに満足を覚えた、といった前向きなエピソードも入っています。