韓流ドラマ「愛の不時着」は甘いラブストーリーの顔をして家父長制を解体する

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 この1カ月半、毎晩見ていたドラマがあります。北朝鮮の将校と韓国の起業家女性を描いたドラマ「愛の不時着」。

恋愛ドラマは嫌いだったはずなのに

  もう、10年以上、私は恋愛をテーマにしたドラマも映画も見ていませんでした。フェミニストの端くれとして、恋愛ものの主要モチーフ「ロマンチック・ラブ・イデオロギーを疑うようになっていたからです。

  ロマンチック・ラブ・イデオロギーとは、一生にただひとり「運命の人」と出会って恋をして、その人と結婚して子どもを作ることを至上の価値とする考え方です。「恋愛・生殖・結婚」を三位一体とする発想はとても強固であり、ディズニーのプリンセスアニメやテレビの恋愛ドラマや映画で繰り返し描かれてきました。

  私の価値観は「恋愛してもしなくてもいい」「恋愛をしたからといって、結婚しなくてもいい」「結婚しても子どもを作るか作らないかは自由」というものです。おとぎ話で結婚は人生のゴールですが、現実はそんなに簡単ではありません。多くのラブストーリーは私から見れば「甘い砂糖衣でくるまれた古い価値観の再生産」でした。

  だから「愛の不時着」というロマンチック・ラブ・イデオロギー全開のようなタイトルと物語の設定を聞いた時「見る必要はないだろう」と思ったのです。尊敬する友人から強く勧められなかったら、見ることはなかったでしょう。

 

主演2人の演技力が凄い

 

 ところが見始めると止まらなくなり、最終回まで見た後は、名場面を繰り返し見ています。こんな風に何度も見たドラマは、後にも先にもありません。そもそもこのドラマは、当初、想像したような「お金持ち特権階級の美男美女の現実離れした恋愛、庶民には無関係」という話ではなかったのです。

 多くの視聴者は、北朝鮮の将校リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)のカッコよさに取りつかれ、韓国の起業家女性ユン・セリ(ソン・イェジェン)の強く美しい様に感嘆します。主演の俳優2人は単なる美男美女ではなく、キャリアが長く演技がきわめて上手です。ジョンヒョクは目つきだけで感情の変化を表現して見せますし、セリが泣くと、ついもらい泣きしてしまうのです。

  いつの間にか「お願いだから、2人を幸せにしてあげてほしい」と画面越しに願う視聴者のひとりに、私もなっていました。ロマンチック・ラブ・イデオロギーは敵だったはずなのに、一体、どうしてなのか。

 

 こんなに惹きつけられるのはなぜか、考える過程で、2本のレビュー記事を書きました。1本目は、ジョンヒョクの「ケア労働」に焦点を当てた記事(Frau Web掲載)、2本目は「ポスト#MeToo時代のヒーロー像」に関する記事(Vogue Change掲載)です。これらの記事では、いずれも主役2人のキャラクターや関係性がジェンダー視点で新しいことを記しました。このブログでは、別の角度から「不時着」の革新性を考えます。今回は「ネタバレ」を含みますので、既に最終回まで見た方向けです。

家父長制解体に挑む恋愛ドラマだった⁉ 

 数日前の夜、何度目かの「不時着」を見ていた時のこと。第13話のラストシーンで気づいたことがあります。このドラマは完璧に甘い恋物語の表層に、隠れアジェンダがある。それは「家父長制に引導を渡すこと」ではないか、と。

  この枠組みで「不時着」を見ると、血縁関係のある年上男性が徹底的に「有害な存在」として描かれていることに気づきます。最も分かりやすいのは、セリの次兄です。彼は、父親から財閥企業の経営権を継承したいと考えており、有能な起業家である妹のセリが邪魔で仕方がありません。

  セリを追い払うため、海外在住の男性とお見合いをさせたり、事故で北朝鮮に行ってしまったセリの帰国を阻んだり、果ては人を雇って殺させようとするなど、次兄の行動は常軌を逸しています。次兄の悪人ぶりは、セリを誘拐し殺害しようとする北朝鮮秘密警察のチョ・チョルガンをしのぎます。

ヒロイン父の有毒性とは

  「有毒な家長」の最たるものは、セリの父親です。彼は娘の経営手腕を高く評価して自分の後継者に指名します。セリをとても可愛がっているように思えますが、彼は決定的にダメな面があります。愛人の子どもであるセリを生後数週間で引き取った際、本妻に配慮がなかったことです。育ての母(ユン家の本妻)はそのことで30年以上、苦しみ続けるのです。

  母の絶望は自殺願望にまで発展し、子ども時代のセリを夜の海辺に置き去りにしてしまったほどです。この体験はセリの心を蝕み、摂食障害、不眠、抑うつ、自殺願望をもたらします。セリは長年、睡眠薬なしでは眠れなかったほどです。こうした現象だけに目を向ければ、娘を遺棄したセリ母はひどい人ですが、彼女は夫の心ない行動の被害者でもあるのです。

  ここで根本的な問題は、母VS娘という女性同士の対立ではなく、浮気を詫びることもなく、浮気相手の子どもを当たり前のように妻に育てさせたセリ父にあります。自分は何をしても許されるという無神経な思い込みは、まさに家父長制の産物と言えるでしょう。

  もし、セリ父が浮気を心から詫び「セリを息子たちと一緒に育ててほしい」と妻に頼んでいたとしたら、母子の関係はもっと早くに改善された可能性があります。少なくともセリは、生後すぐから、育ての母親を「母として愛さなかったことは一度もなかった」のですから。

  有毒な存在である父と次兄に比べる長兄は可愛いものでしょう。彼は愚かな人であり、単純ゆえ憎めない面もあります。「長男=家長候補」は「愚かであれば、存在しても毒にはならない」ということでしょうか。

コミカルな長兄妻の意外に大事な役割

 ちょっと面白いのは長兄の妻です。彼女も露骨に夫を後継者にしようと画策しますが、セリを傷つけることはしません。北朝鮮からソウルに戻ったセリをハグで迎え「お肌が荒れているから私のチケットでエステに行って」と言うこともあります。

  そして、ジョンヒョクを守ろうとしてセリが銃撃され、危篤になった時の長兄妻の言動は興味深いものです。彼女は「義姉だから、もうちょっとそばにいてあげたい」と言うのです。最終回近くでセリは母と和解し、母はセリの良き理解者になります。長兄妻もまた、セリがジョンヒョクと会うために思いついた、ある計画を支援します。

  継母と義姉という血がつながらない女性たちがセリの味方になっていく流れは、有毒な家父長制と対比できる構造です。血のつながった目上の男性より、血がつながっていない女性の方が頼りになる――そんなことを示唆しているようです。

有害な家父長制は政治体制をを超える 

 家父長制の問題は38度線を超えて根深く、ジョンヒョクの実家であるリ家もまた、問題含みでした。

  ジョンヒョクの父は総政治局長という国内ナンバー2~3です。彼がその権力を使えば、事故死した長男の死の真相を調べられたはずですし、もしかしたら、彼を死なせずにすんだかもしれません。それでも父は、長男より自分の地位や家の名誉を優先させてしまったのです。

  亡くなった長男ムヒョクは弟想いの優しい人でした。ムヒョクが父の後を継いで軍人になったことで、弟のジョンヒョクはピアニストになる夢を追求し、奨学金でスイスに留学することができました。兄は自ら後継者役割を引き受けることで、弟に自由を贈った格好です。弟だけでなく、たまたま知り合った目下の人とも親しく付き合い、医療資源の乏しい中で、友人の子どものため力を尽くします。

  けれどムヒョクは、同僚チョルガンの悪事を暴こうとして殺されてしまいます。「他人を思いやれる優しい家長後継者は死んでしまう」仕組みの中で、男性が持つ選択肢は多くありません。リ家やユン家の父親たちのように身近な人を傷つけても「家長」であり続けるか、それとも誠実に生きようとして殺されるか。ちなみにジョンヒョクは次男であり、愛する女性を守ることと引き換えに自分が死んでもかまわない、と考えています。家父長制はもはや、持続可能ではないのです。

男性が解放され幸せに生きられる条件とは

  では「有害な家長」がいない家庭はどうなるのか。当てはまるのはジョンヒョクの婚約者ソ・ダンとその母です。ダン母は平壌でデパートを経営する実業家で未亡人です。裕福な母子家庭であるこの家には「強い父」も「威張る兄」もいません。

  代わりにいるのは、ダン母の弟です。彼は政府高官ですが、善良を絵に描いたような人物です。物語の後半、彼が「姉さんの財力のおかげで、僕はチョの悪事に加担しなくてすんだ」と述べる様は印象的です。大黒柱役割から自由になり、それを身近な女性のおかげだと素直に認められるようになった時、男性も幸せになれるということでしょうか。

血縁関係なき人々が「家族になる」 

 「家父長制の解体」という観点から「愛の不時着」を見る時、クライマックスは13話のラストシーンだと私は思います。父の意向にそむき、祖国に帰れなくなることを承知の上で、ジョンヒョクはひとりソウルに残ってセリを守ろうとします。それを知った時、彼の部下である中隊員たちは、自分たちも一緒にセリを守る、と言うのです。

 

 このシーンで重要なのは、士官長ピョ・チスのセリフです。

 

「中隊長(ジョンヒョク)だけが命を賭けて解決できる問題ではありません。もっと賭けてみてはどうですか。私たちを。中隊長の隊員なんですよ」

 

  

 少し深読みすると、両親を既に失くしているチスが、ジョンヒョクを「家長」に見立てているようです。中隊員たちはジョンヒョクを家長とする「疑似家族」に見えるのです。そしてこの「家族」に、セリが含まれていることは言うまでもありません。中隊員たちは北朝鮮の村で、セリを見守ってきました。一緒に食事をしたり、お酒を飲んだり、しりとりをしたり、ピクニックに行ったり、好きなドラマの話をするうちに、彼らは徐々に「家族になっていった」のです。

  ソウルの財閥ユン家は、血とカネだけでつながった冷たい家族でした。そこでセリは心を病みます。一方で、思いやりと楽しい会話、素朴で美味しい食事でつながった北の仲間たちとの温かい家族関係が、どれほどセリの支えになったか。また、それがジョンヒョク自身の心の再生につながったことを12話の誕生会シーンがよく表しています。

  この疑似家族の構成は、伝統的な家族とは異なります。疑似家長はジョンヒョクとセリの2人。精神的な支えをジョンヒョクが、経済的な支えをセリが担い、信頼と愛情で結ばれた新しい家族の形です。家長は男女ひとりずつで、伝統的なジェンダー規範とは違う形で役割分担しています。ここにおいて、家父長制は解体されているのです。

 古い国家主義も解体してみせる

 ところで13話ラストシーンで、チスは続けてこう言います。

 

「中隊長が今、私たちにとっての祖国です」

 

 

 自分の帰属先は出身国でもなければ豊かな隣国でもない。部下を家族のように思いやり、愛する者のために死を厭わない勇気を持ち、皆に美味しいものを食べさせるジョンヒョクこそが、自分の帰属先なのだ、ということを示す重要な発言です。

  この後、中隊員たちは特殊部隊としての能力を発揮し、セリを守るために見事な活躍をします。彼らが見せる胸のすくようなアクションシーンは痛快です。これまでは軍服を着ていても戦闘シーンがほぼなかったな、ということを思い出します。

  ここで注目したいのは、中隊員達が何を着ていたか、どいうことです。彼らは、国から支給された軍服ではなく、セリが皆に買ってくれた素敵なスーツとコートを身に着けていたのです。中隊員たちは、自分が大切だと思う人のために、その人からもらった服を着て「個人として」戦っているのです。

  ジョンヒョクと中隊員たち、そしてセリと中隊員たちの信頼と愛情を描いたこの数分のシーンは古い国家主義と家父長制を同時に解体しているように見えます。

期待される新しい父親の役割も描く 

  そしてドラマは、父親たちに期待される新しい役割も描いて締めくくりに向かって行きます。

 

 まずはジョンヒョク父から見ていきましょう。物語中盤で、彼は銃撃されたジョンヒョクを「家の名誉」を危険にさらす、と責めました。また、部下に命じてセリを銃で脅して誘拐し、息子に近づいた理由を問いただします。息子の意思や幸せより、自分の地位や名誉を優先するジョンヒョク父の言動を、妻が厳しく叱責します。長男を失ったように、次男のジョンヒョクも失うなら、自分は後を追って死ぬと夫に言うのです。

  妻の言葉で目が覚めたのか、ジョンヒョク父は、最終話で自ら動いて息子たちの窮地を救います。助け出したジョンヒョクが「心配かけてすみません」と謝ると「生きて帰ってきてくれたら、それでいい」と言った上で、ユン・セリは無事なのか、尋ねるのでした。

  ここで、父は有毒な家長であることをやめます。母と同じ目線で子どもの安全を第一に考え、子どもが最も大事にしているものに関心を払えるようになったのです。もし、こういう態度を彼が10年前に身に着けていたら、長男を失わずにすんだかもしれません。

  「父親が母親目線を獲得する」着地点は、ユン家も同様です。チョルガンに撃たれたセリが集中治療室にいた時、ジョンヒョクは韓国の国家情報院で取り調べを受けていました。意識不明のセリをガラス越しに見つめるジョンヒョクを、しばらくここにいさせてほしい――とセリの母は情報院課長に頼みます。「娘が目を覚ましたら会いたいでしょうから」と言って。彼女は娘が大事にしているものをよく理解しているのです。

  この時、妻と一緒にセリを見守っていた父は母と共に情報院課長に頭を下げました。これまで、怒ったり威張ったりすることはあっても、彼が頭を下げたことはありませんでした。お金の話が出ない時は、子ども達が実家に寄り付かない、と嘆いていた彼はようやく、子どもの気持ちを思いやれる人生への一歩を踏み出したのです。

個を尊重するため、家父長制をこわした 

 前の2本の記事でも書いたように、ドラマ「愛の不時着」に通底するテーマは、個の尊重でした。そのために、ここまで読み解いてきたように家父長制を解体する必要があったのです。

 ドラマの中では個人だけでなく、政府の役割も示されています。それは第一に、人々の生命と安全を守ることです。路上で育った孤児のチョルガンが悪事に手を染めてしまった事情からは、福祉や医療なき社会で人がたどる悲惨な末路が伺えます。そうならないために、政府があるはずです。

  生命と安全が守られた後に、政府がやるべきなのは個人を尊重し、自己決定を支援することです。韓国の国家情報院課長が、一貫してジョンヒョクとセリの関係を応援する様にそれが伺えます。この課長は、北朝鮮に送還される直前、ジョンヒョクにメールの予約送信設定の方法を教えてくれました。このメールは、会えない間も2人の心をつなぐ貴重な役割を果たしました。

甘いラブストーリーに隠された革命的な試み 

 このように読み解いてみると「愛の不時着」は、表面的にはロマンチック・ラブ・イデオロギーそのものに見えつつ、家父長制や有毒な男らしさ、性別役割分担を鮮やかに解体し再構築して見せた画期的なドラマと言えるでしょう。

  ハッピーエンドでありながら、2人は1年間に2週間だけ会う「織姫と彦星」です。お互いに会うため全力を尽くしますが、自分が大事にしている仕事も家族も捨てることはありません。

 このように伝統的な恋愛ドラマの外観に、フェミニズムの要素をふんだんに盛り込んだ作品が、公開7週経った今もなお、Netflixの総合トップ10に入っているのを見ると、すごい時代になったものだ、と思います。高い水準でエンタメ性を追求したからこそ、啓蒙的な部分が自然に伝わってくる、と言えるでしょう。