犯罪は社会の鑑~脇役で見る『愛の不時着』。チョ・チョルガンとク・スンジュンを追いつめたもの

 公開から2カ月経っても総合トップ10を維持している韓国ドラマ『愛の不時着』。最近、周囲で見てくれる人が増えて嬉しいです。

 

 人気の理由を要素分解すると、7~8割は「リ・ジョンヒョクがカッコいい!」、「ユン・セリとのカップルがお似合いすぎて完璧」でしょう。加えて「前半舞台の北朝鮮、日常生活が興味深い」が2~3割でしょうか。

 

 見終わった人たちは様々な角度から、このドラマの魅力を語っています。例えば主演2人が自立してお互いを尊重しているところ、家族や友人関係を丁寧に描いているところ。特に「脇役描写の丁寧さ」を挙げる人がたくさんいます。

 

 今回は、重要な脇役2人に着目して「愛の不時着」の隠れたメッセージ読み解いてみます。焦点を当てるのは北朝鮮の秘密警察チョ・チョルガンと、韓国出身の詐欺師ク・スンジュン。全て観た方向けにネタバレありで書きますのでご了承ください。

 

南北犯罪者が持つ共通点とは

 

 チョ・チョルガンとク・スンジュンには複数の共通点があります。2人とも犯罪者であり、最終回近くで殺されること。そして、どちらも社会構造の犠牲者であることです。

 

 まず、犯罪者としての側面を見てみます。

 

 チョルガンは北朝鮮の腐敗した官僚です。韓国の犯罪者を北で匿う代わりに報酬を受け取り蓄財してきました。韓国領内にある文化財を、人を雇って盗掘させて売り払うこともしています。彼は自分の不正に気付いた人を躊躇せず抹殺します。

 

 不正な蓄財の成果物を、北朝鮮の政府高官に分配することで、チョルガンは様々な便宜を得てきました。ですから、なかなか捕まりませんし、捕まって終身刑となっても、移送途中で逃げることができたのです。

 

 そのチョルガンが北朝鮮に張り巡らした不正ネットワークの恩恵を受けるのがク・スンジュンです。彼は韓国でユン・セリの次兄から多額の金をだまし取り北朝鮮に逃げ込んで身を隠します。チョルガンから外国人向けの豪華な宿泊施設を提供されて滞在するのです。

 

彼らの悪事には理由がある

 

 フィクションを面白くするのは、主役のカッコよさや美しさ以上に、悪役の魅力でしょう。どんなに主役がカッコよくても、倒すに値しない悪役では、物語が盛り上がらないからです。そして、悪役を描くにあたり、必要なことが少なくとも2つあります。

 

 まず、彼または彼女が強いこと。簡単に倒せないからこそ、面白くなるのは当然です。そして悪事には同情に値する理由が必要です。それにより、単純な勧善懲悪を超え、深みのある物語が生まれます。

 

 ク・スンジュンについて言えば、彼は韓国の法律を破った犯罪者ですが、悪役と呼べるか分かりません。人を物理的に傷つけることはなく、ユン・セリを守るため協力を惜しまない「正義の味方グループ」に属しています。そもそも、スンジュンからお金をだまし取られたセリの次兄が酷い人ですから、まあ、いいのではないか、と思えるのです。

 

 一方、チョ・チョルガンはまぎれもない悪者です。自分の悪事を暴こうとしたジョンヒョクの兄を殺し、セリとジョンヒョクの命を狙い、北朝鮮の政府高官であるジョンヒョク実家を破滅させようとします。その過程で、盗聴者を懐柔したり、脅迫したりするのも当たり前です。

 

 絶対悪役であるチョルガンが韓国特殊部隊の狙撃に遭って死ぬのは、エンタメとしては当然の帰結でしょう。けれども本人が路上生活者だったと知ると、話は簡単ではなくなります。

 

ホームレスきょうだいはチョルガンの子ども時代

 

 ドラマでチョルガンが保護者をなくした経緯は描かれませんが、子ども時代の彼と似た暮らしをしていると思われるホームレスのきょうだいが2回、登場します。

 

 いずれも短いけれど印象的なシーンの1回目は、ジョンヒョクの家から服を盗もうとした兄(おそらく10歳前後)に、セリが食べ物をあげる、というものです。市場の隅にある1畳ほどのスペースで寝ていた妹(おそらく5歳前後)に、兄が「美味しいものがあるよ」と言って、もらった食べ物を渡すシーンを見て泣いてしまったのは私だけではないはずです。

 

 2回目にホームレスのきょうだいが登場するのは、物語の後半です。ここでは、追手から逃げていたク・スンジュンが、ホームレスの兄にほんの短時間かくまってもらう代わりに、多額の米ドルを与えます。スンジュンがこの子にかける優しい言葉から、彼自身が経験した苦労を想像できる物悲しいシーンです。

 

 いずれの場面にも、チョ・チョルガンは登場しません。それでも、彼が「路上で育った」と述べたことを想起する時、このホームレスの少年は「チョルガンに起こり得た、もうひとつの人生」に見えるのです。

 

 

人間の生命を守らない国家体制を超ミクロ視点で批判

 

 もし、チョルガンに食べ物や優しさを与えてくれる大人がいたとしたら。その人が見返りを求めず、同情や共感から彼の生命を守ろうとしてくれたら。そして、もし、チョルガンが人生をやり直せる元手を持っていたら。教育を受ける機会や衣食住を整えられる経済力があったとしたら。彼は、それでも残虐な軍事部長の手先となって不正や犯罪をはたらいたでしょうか。

 

 このドラマは北朝鮮の庶民生活を生き生きと描き出し、政治体制を直接に批判することはありません。しかし、チョルガンの悲惨な人生は、福祉や社会保障なき国家のありようを超ミクロの視点で批判しているかのように、私には見えました。米国務省の調べによれば北朝鮮の軍事費はGDP比13.3~24.4%(2007~2017年の平均)と世界でも突出して多いのです。豊かと言えない国で軍事を優先すれば、人々の生活が苦しくなることは明らかでしょう。

 

 犯罪に手を染めることで階層上昇を実現したチョルガンは、自分に目をかけてくれた軍事部長がジョンヒョク父を失脚させる手伝いをします。悪の権化のように映りますが、彼がこんな風になってしまったのは、果たして本人だけの責任なのか。

 

 

ジョンヒョクの正義も環境由来か

 

 

 ドラマのヒーローであるジョンヒョクが、持ち前の正義感でチョルガンを逮捕、裁判に持ち込んだシーンを、私は落ち着かない気分で見ていました。国内ナンバー2~3の権力者を父に、女優を母に持ち、生まれた時から家族愛、経済力、音楽の才能、容姿、知力を兼ね備えていたからこそ、彼は正義のために行動できたのではないか。

 

 チョルガンを一生、強制労働につかせた政府は、彼に違う生き方の選択肢を与えてこなかった。彼を追い詰めたのは、生命や安全を個人に与えなかった社会や国家体制だ、というメッセージを私は読み取りました。

 

資本の暴走も批判されている

 

 『愛の不時着』の脚本家は、とてもフェアだと思います。というのも、批判的に描かれるのは北朝鮮軍事独裁体制だけではないからです。韓国の資本主義もまた、このドラマは批判的に描いています。

 

 後半で明らかになるのは、ク・スンジュンが、商社経営者の息子だった、という事実です。彼の父が経営していた企業は、財閥企業を率いるユン・セリ父によって強引に買収されます。家族に不幸をもたらしたユン家をスンジュンは憎んでおり、復讐のために近づいて次兄から多額の金をだまし取ったという背景があったのです。

 

 北朝鮮で、スンジュンは、ある女性に好意を抱きます。その人のために「良い人間でありたい」と考え、それを実行に移し殺されてしまうのです。詐欺は犯罪ですが、力ずくのM&Aで買収先企業の経営者一家が離散するような状況――おそらく、買収価格が妥当ではなかったのでしょう――は、倫理的におかしいはずです。ク・スンジュンが死んでしまう話の流れからは、資本の暴走がもたらす不幸が描かれていると思いました。

 

 軍事独裁政権であれ資本主義であれ、富の分配が歪んでいれば、そこで犠牲になる人々がいます。チョ・チョルガンもク・スンジュンも、メインのラブストーリーではあくまで脇役です。彼らを「そのようにしか生きられなくさせた」社会構造を少ない情報で巧みに浮き彫りにしたことで、このドラマは、単純なロマンチック・コメディを超えて社会的なメッセージを伝えてきます。それは、犯罪は社会の鑑であるということ、そして、経済政策の失敗が人を不幸に陥れる、ということです。

 

 こうした教訓を正面から描くと説教臭くなり、マス市場には受け入れられません。ラブコメ&冒険活劇を間口にして多くの人を惹きつけ、自然に社会問題に目を向けさせる。そこが優れたエンタメの価値と言えるでしょう。