パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)
- 作者: 海部美知
- 出版社/メーカー: アスキー
- 発売日: 2008/03/10
- メディア: 新書
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パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)
これは、そういう“普通の日本人”こそ読んでほしい本です。特に普通の働くお父さんお母さん達に。
題名の「パラダイス鎖国」に本書の趣旨は凝縮されている。豊かな先進国として美食と綺麗な街と安全と安定を享受している“パラダイスな日本”。一方で各種指標から国際的な競争力は小国や新興国より低いとされ、存在感も低下している。日本人自身が「それでいいや」と開き直り、内に閉じこもり“まるで鎖国みたい”になっている。そういう問題を、様々なデータを紹介しながらきわめて分かりやすく、感覚的に納得できる形で記してある。特に「そうそう!」と思ったのは、例えばこんな指摘だ。
国民全体が享受できる基本的なもの以外は、整備や変化がすすまない
高等教育整備、各種権利保護、個別の産業に対する対策など、議論の分かれやすい点、時代の変化によりやり方を変えていく必要のある点については、なかなか進まない(p76-77)
その通りだと思う。このブログで主に扱っている、共働き子育てやワーク・ライフ・バランスに関する議論でよく問題になることが、この一文で表現されていると思いました。
こうした日本の抱える問題点について、著者は、自分が経験した自動車業界と電機業界の例を出しながら分かりやすく紐解いていく。自動車も電機も日本が誇る2大産業だったから、そのうちの片方である電機業界の失敗は痛かった。その理由が何なのか。若いビジネスパーソンや学生さんにもぜひ読んでほしいです。
本書刊行から5年弱が経った今、日本の内向き志向を批判する言説は、メディアでも広く提供されている。経営者などリーダーからは、特に若者の内向き志向を嘆く声がよく聞こえてくる。生まれた時から先進国。インターネットも携帯電話もある。満足しすぎて頑張らなくなった若者はこのままでは新興国に負ける云々…と。
つい先日、インターネットで公開された「弁当男子、イクメンは出世できない」という経営者のインタビュー記事も、そうしたハングリーでない若者批判の文脈に位置付けられる。
こうした言説に違和感を覚えている人にはぜひ、本書の第4章を読んでもらいたい。
ハングリーな時代のネガティブなインセンティブが通用しない、いまの時代、ポジティブなインセンティブ設計以外の選択肢は考えにくい。設計自体を批判するよりも、副作用をなるべく抑えるように仕組みを改善し、日本的な規律教育との新しいバランス点を探していく方が現実的だ。(p157)
そして言うまでもないが、新しい変化を起こすのは必ずしも主流派の人ではない。シリコンバレーの状況を踏まえて、著者はこう記す。
ベンチャーを興すのは大変人やプチ変人であることが多いが、そこで働くのは普通の人である。普通の人に、ある程度の雇用流動性がないと、新しい企業や産業ができても、なかなか大きく育たない。(p162)
私が本書のなかでいちばん感動したのは、このくだりです。
あらゆる企業でいつも人が動き、自然に「捨てる神あれば拾う神あり」の状態になっていることが望ましい。(中略)出産・育児でいったん仕事を辞めても、仕事に戻りやすくなり、女性のキャリア選択肢も増える。ごく普通の隣のお父さんやお向かいのお母さんが、気軽に転職できるようになれば、日本のゆるやかな開国も本格的になる。(p164-165)
やっぱり、そこだったんだ! という感じ。私は2006年から07年にかけて、アメリカの働く親にインタビューしました。妻が専門職・管理職で子ども2人以上という条件をつけ、夫婦両方もしくは片方に話を聞いた結果、日本と比べアメリカの父親は家事育児時間が長く、家庭責任を果たすため、母親だけでなく父親も働き方について上司や勤務先と交渉することが多いと分かりました。“交渉”の背景には個人主義的な文化に加え、outside optionの存在、つまり「この条件なら働きます、ダメなら他へ行きますよ」と労働者が主張できるような雇用の流動性がありました。
それが何を意味するのか、日本でしか働いたことがない私には上手く言語化できなかったのですが、本書で書かれているように「普通のお父さん・お母さんが気軽に転職できる」ことや「ある分野に特化した知識やスキルを持った人材や、『創造的出会い』を引き起こすプチ変人を(中略)重要な分野において、一定期間だけ雇うというやり方」(p169)ことが必要なのですね。
日本における母親の就労継続やワークライフバランスの議論は「万人が使える制度の拡充」という方向にいきがちです。しかし、それだけでは、不十分。むしろ一定以上のスキルを持つ人たちにとっては、拡充された制度は「使う気になれない制度」だったりします。そういう意味で、本書は日本のワークライフバランスに関心のある人にも読んでいただきたいと思います。