本書は、女性だけでなく男性にとっても利点がある「新しいフェミニズム」を提唱したものである。


著者のシェリル・サンドバーグFacebookのCOOで2児の母であることは、日本でも広く知られており、彼女がTEDで行ったスピーチ「何故女性のリーダーは少ないのか」は、日本語字幕付きで公開されている


「新しい」といっても、日本において、イクメンブーム以降、広まっている男女ともに育児をしながら働こう、という考え方を共有し、すでに実行している人にとってみれば、しごく真っ当でオーソドックスな主張であろう。


本書の趣旨は、真に平等な社会を作ろうという提案であり、そのような社会においては「社会の半分は女性がリードし、家庭の半分は男性がリードしている」と著者は記す。日本でなじみのある用語で表現すると、男女共同参画の必要性とメリットを、グローバル企業の経営者が、職業人・家庭人としての経験に基づいて記したものということになる。


このように書くと、「政治的正しさ」を主張する面白味に欠けた内容と思われるかもしれないが、それは間違いだ。著者の具体的な失敗経験が散りばめられることで、本書は「すごいけれど現実味が乏しい、スーパーウーマンの成功物語」ではなく、生き生きとした読み物になっている。

キャリアより婚活を優先した時期もあった


例えば、学生時代、指導教官のローレンス・サマーズ教授から勧められた海外奨学金に出願しなかった理由が、婚期を逃したくなかったためであること。最初の結婚は失敗したこと。その相手が住むワシントンDCから離れたくて、良い仕事のオファーを断りあえてロスアンゼルスに行った・・・といったエピソードは「FacebookのCOOも普通の女の人と同様、若い時は恋愛や結婚がキャリアより大事だった」という印象を受け、多くの読者が安心するはずだ。

実はいい人だった?サマーズ


ちなみにサンドバーグの指導教官を務めたサマーズは、ハーバード大学の学長を務めたが、女性差別的な発言が問題となって退任したとされる人物であり、米国では一流の社会学者、心理学者がサマーズ発言に関連した研究や書籍を発表している。そうしたものを読んできた身からすると、本書から受けるサマーズ像は性差別主義者とは正反対であり、興味深い。


学部生時代、そのサマーズ自ら指導を買って出たのがサンドバーグだったわけで、このファクトだけを取ってみても、彼女がいかに優秀であったか容易に推測がつくし、サンドバーグが本書を通じて恩師サマーズがおっている天才的な頭脳を持つが性差別主義者というイメージを払拭したいと考えていることも伝わってくる。もちろん、本書にはそんなことは一言も書いていないけれど。


さて、そんな超がつくほど優秀な女性でも、キャリアを開拓するのが容易ではなかったことが、数々のエピソードから明らかになる。例えばシリコンバレーで職探しをしていた際、イーベイのメグ・ホイットマンから「あなたみたいな政府の仕事をしてきた人はハイテク業界では必要ない」と言われたこと。シリコンバレーでの職探しが当初予定の4カ月を大幅に上回り1年かかったことなど、シェリル・サンドバーグでさえ、キャリアは一本道ではなかったのだな、と思うと凡人ビジネスパーソンは安心できる。


だから著者は「キャリアは梯子(ラダー)ではなくジャングルジムである」と言う。必ずしも上るか落ちるかではなく、同じ場所にとどまることもあれば、横に移動することもあるし、少し下がって横に移ることもある、と。このように、現役経営者のキャリアの軌跡として、男女ともに参考になるエピソードがたくさん詰まっている。


さらにつっこんで、本書の魅力を考えてみると、私から見ると3つあるように思えた。

学術データ、実名主義そして


1)データがしっかりしていること
ジェンダー格差を示す様々なデータ(賃金、家事時間、学歴等々)は、政府統計に加えて一級の学術論文から引用されている。特に男女の行動特性を示す実験データが豊富に示されることで、今もなお、学歴や能力をコントロールしても、男性より女性の方が遠慮しがちであることが分かる。


ここで重要なのはコントロールされたデータを使っていること。単純に男女差の存在に言及したところで「学歴や能力が違うのだから当たり前だ」と反論されることが多いが、著者はその点をきちんと抑えてデータを提示している。


本業が忙しい中、社会科学系の論文を読みこなして引用しているのは、編集者がしっかりしていたのか著者自身が文献調査の労を惜しまなかったのか。いずれにしても成功した経営者の自伝エピソード集とは全く異なる中身の詰まった本だ。


2)事例は実名でリーダーの話


先に触れたメグ・ホイットマンの話だけでなく、良い話も悪い話も、基本的には実名・社名入りで書かれている。マッキンゼーの元上司は(もう会社にいないかもしれないけれど)、この本を見て青くなっただろうし、彼女がクライアントのセクハラまがいの言動を訴えた際、親身になった上司は、逆に周囲の評価が上がっただろう。


良い事例では、元副大統領のアドバイザーが10年以上の主婦経験を持つ人であるといった話が、本人へのメール取材をもとに書かれていること。著者は高い社会的地位を生かして、女性リーダーに直に話を聞き、それを紹介している。


3)自己批判的な視点


私自身が読んでいて、一番興味深く感じたのは、サンドバーグ自身の、フェミニズムに対する見方の変遷が率直に書かれていることだ。

これまで著者は、女性差別について言及するのは、特別待遇を求めているようでイヤだった、という。もっとはっきり言うと、女性の権利を声高に主張するとモテないフェミニストになってしまうし、仕事仲間からも敬遠される。


そのため、明らかに差別的な処遇を受けた際も、文句を言うのではなく我慢して一生懸命働くという対処をしてきたそうだ。


本書の多くは、女性にもっと自己主張しろと勧めることにページを割いている。勇気を持って声を上げる必要があるのはサンドバーグ自身も同様であり、こういう本を書くことが挑戦である、と。


これは、世界でもっとも注目される企業の女性経営者だから書けた本である。一方、そこまで高い地位に上り詰めるまで、働く女性が不当なことを不当だと言えなかったアメリカ企業の文化は、相当に厳しいのだろう。


もちろん、日本のビジネスリーダーが、本書から大いに学び反省すべきであることは言うまでもない。日本にはサンドバーグのような立場の40代現役子育て世代は、女性どころか男性ですら少ないのだから。