耳に優しい表現でなく、問題点を絞り込む段階にきている。


 「女性が働きやすい」、「ワーク・ライフ・バランスやダイバーシティを推進している」企業が増えてきた。意図するところは明確で「日本は人口減少社会に入ったから、優秀な人材を性別、国籍を問わず採用し活用しなくてはならない」、「日本市場だけでは先細りだから、海外市場を視野に入れ、多様な人材を活用しよう」。つまり長期的な経済合理性の観点から、企業戦略として「子持ち女性」を受け入れようというわけだ。


 これは良いことで、一昔前は「女性管理職はいません」。「女性管理職はいますが、子どもがいる人はいません」だったのが、ママ管理職も増えてきた。


 しかし、本当にこのペースで少子化を解消し、人口が増えるほどの効果を期待出来るのか。答えはもちろん、ノーだ。


 アメリカで調査を行ってからは現地の報告を、子どもを産んでからは母親の視点で、ちょこちょことお話をさせていただく機会がある。ありがたいと思う反面、私で良いのか、と複雑だ。何といってもまだ一児の母でしかない。企業の女性活用戦略が長期的に日本の人口を増やすほどのインパクトを求めるものならば、実は目の前に大きな課題がある。


 それは、まだ仕事で一人前になっていない、入社数年目の社員が「子どもできました。産休(育休)取ります」と言ったとき、歓迎できるか。


 女性労働者をめぐる日本メディアの言説は、この5年で様変わりした。かつて女性活用に関する企画を提案したら「そんなこと、うちの読者には興味ない」と一蹴されたが、今や同じ雑誌が毎年関連の特集を組む。大手新聞も然り。背景には女性労働力を活用することが、経営メリットにつながるという事実がある。日本女子大大沢真知子先生や米NPOカタリスト協会の研究には、いわゆる女性活用と経営指標の関連が、数字ではっきり出ている。


 「私たちの力をうまく使った方が、トク」。こう訴えることで、日本の企業社会を男性中心から少しずつ変えてきた、それは初期戦略としては正しかった。


 そろそろ戦略を変える時にきている。この社会が本当に子どもを増やしたいなら、子どもを欲しいと思うカップルが2人、いや3人子どもを持つのが当たり前にならなくては。結婚しない人(したくない人)、子どもを持たない人(欲しくない人)もいる中では、欲しい人が2人、3人作れなくては、人口置換率を上回る出生率2.1を超えるのは難しい。


 33歳で第一子出産を経験した身では、たぶん、あと1人かなと思っている。何かものすごくラッキーなことがあれば3人。宝くじが当たれば4人。でも、その頃には妊娠するか分からない。


 「普通に3人」を実現するには、20代の出産が当たり前にならなくてはいけない。少なくとも、子どもを欲しい人が仕事を理由に躊躇するようでは、人口減少は止まらない。


 大卒20代女性の妊娠・出産にとって最大の壁は何と言ってもキャリアである。近年、なぜ、女性の新卒採用が増えているかと言えば、一般的に言って女子学生の方がハキハキしておりコミュニケーション能力が高く、優秀そうに見えるためだ。即戦力が欲しい企業は、叩けば使えるかもしれない、ボーッとした男子より、今すぐ仕事を手伝ってくれそうな女子を取る。(優秀な男性が優先されがちなのは今も昔も変わらない)


 すると、どうなるか。上司は女性新入社員に期待する。仕事はおいおい覚えればいい。若いんだから、やる気さえ見せてくれれば、仕事はいくらでも教えてあげよう。特に専門性を持たない、ポテンシャルで採用された若い人にとって、やる気とはイコール「はい」という返事である。「○○なら、できます」という留保条件つきのイエスではなく。


 分からなければその都度教えてもらうが、基本、自分でがんばる。徹夜も厭わない。酒だってどんどん付き合う。上司は喜んでOJTに時間を割いてくれる。よほどのんびりした職場を除けば、経済的に自立できるレベルの高い報酬を払う企業は、こういう働きを期待する。専門性がなくスキルが低い若手社員にとって、長時間はきはきと働くことは、組織に貢献するほぼ唯一の術だ。


 こうやって働いてきた20代の私の生活に、子どもの「こ」の字も入る余地がなかった。仕事は楽しい。お給料だって良い。一方、子どもは大変そうなだけ。


 多くの人がこうして、20代を「キャリア形成」に費やす。子どものことなんて、ほとんど考えない。でも、それじゃあダメなのだ。本当に少子化を何とかしたいなら、まだ、ろくに仕事ができない20代前半の社員でも、堂々とキャリア形成より出産・育児を優先できるような仕組みがいる。周りの人が「大して働いていないのに、育児休業なんて」と言われないようなインセンティブがいる。


 個々の企業にとっては、経営メリットのない育児支援なんて、やる意味がない。だから、この問題は公共分野の話になり、政府の仕事だ。例えば休業中の代替要員がいないから、育児休業を取れないと多くの男性が感じている。どこかの入社3年目のパパが「育休取りたいな」と、あたかも「昼食はそば」と選ぶように気軽に言える必要がある。代替要員のことは、職場のコピー用紙程度の心配で何とかならなくてはいけない。


 そうなって始めて、子ども3人が当たり前で、出生率は軽く2を超える、人口増加社会ができる。優秀な人材を惹きつける、というロジックは、出生率をコンマ何ポイント上げることには役立つだろう。しかし、本当にインパクトを与えるには、優秀でない人も、大して頑張っていない人も、大手を振って親になれなくちゃ。