私は全く分かっていなかった「独ソ戦」

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 読んでいる途中で愕然とすること、泣きそうになることがしばしばありました。

 ヒトラーナチスは絶対悪で、2700万人の犠牲を出しつつ食い止めたソ連は英雄…漠然とそんなイメージを持っていたのは、私もどこかで「大祖国戦争」のプロパガンダの影響を受けていたのか。

 大木毅「独ソ戦」は、これを絶滅戦争と位置づけ、ドイツソ連双方が、相手を人間扱いせず、殺すか、殺されるかの戦いであったことを記します。

 例えば、ドイツの食料供給責任者は、1941年後半時点で、自国の軍人、民間人に必要カロリーを提供するには、ドイツ国内はもちろん、フランス、ポーランド、ノルウェー、ギリシア等の占領地域からの徴発では不足すると試算しています。

 解決策として、戦争3年目にロシアから食料調達することを提案します。「飢餓計画」と名付けられたこのプランによれば、食料を奪われたロシア市民が3000万人餓死することが想定されています(P94~95)。

 このような計画を立てられるのは、相手を劣等人種とみなしていたことに加え、これが「世界観戦争」であったから、と著者は述べます。

 旧ソ連側も憎悪を募らせていきます。ドイツ本土でソ連がなした蛮行の背景に「報復は正義であり、報復は神聖なもの」と煽ったソ連の政治教育機関があったことを本書で知りました(P201)。

 日本に関する記述は非常に少ないですが、著者が最後の方に記した独ソ戦からの示唆は、大変説得力があります。新書で全体像が分かるのは、ありがたいです。

 同じ戦争を従軍女性の視点で描いたのがスヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ「戦争は女の顔をしていない」。

 コミック版が良かったので原作を読みました。

 ソ連では100万人もの女性が前線に出ています。医療従事者はもちろん、砲兵、機関銃指揮官、地雷設置等あらゆる任務に携わった、という事実に驚きます。

 戦中の空気感もあったと思いますが、女性たちは戦いたくて徴兵司令部に自ら赴き、自分も前線へ送ってくれ、と懇願しています。その多くは16、17歳の「女の子」であり、追い返されますが、何度も頼んだり、勝手についていくなどして「やる気」を示します。

 本書は女性たちの「声」の中でも、個人的な体験、英雄物語ではない真実の部分を厳選して抽出しています。そのため、これまで読んできた多くの戦争関連書と全く違うものが伝わってきます。

 医療従事者は全身常に血だらけで、服が乾くと血で糊付けしたようになったこと。負傷兵の腕を切除止血しようにも道具が何もなかったので、自分の歯でかみ切ったこと。死んでいく兵士に何もしてやれないので、せめて最後にキスをしてあげる人、歌を歌う人。

 夫を探し前線までたどり着く妻もいます。戦地で既婚者と恋に落ち、戦後はその人の子どもを一人で育てた女性は「戦争は私の一番いい時期だったの。だってあの時は恋をして、幸せだったんだもの」と話します。

 赤ん坊と託されたタイプライターを抱えて戦火を走ったパルチザンの女性もいれば、戦中捕虜になった夫が戦後はスパイ容疑で収容所送りにされた人もいます。

 想像を絶する恐ろしいものと、そういう中でも起きた美しい出来事の、どちらも当事者の記憶という意味では「事実」です。

 本書の冒頭に、旧ソ連の検閲で削除された部分があります。検閲官は「そんなことは嘘だ。これは、わが軍の兵士に対する、ヨーロッパの半分を解放したわが軍に対する中傷だ。(中略)あなたの小さな物語など必要ない。我々には大きな物語が要るんだ。勝利の物語が(後略)」と著者に話します(P32)。

 歴史修正主義を生む発想は、時代や政治体制を超えて変わらないことがわかります。