金融危機が破壊したのは市場への信頼にとどまらない。


アメリカでは多くの労働者が勤務先への信頼や仕事へのやる気を失って職場を去っていった。本書は、シンクタンク・Center for Work-Life Policy(CWLP)がアメリカの主要14社(アメリカン・エキスプレス、ブルームバーグ、ブーズアレン・ハミルトン、ブーズカンパニー、シティ、クレディスイスなど)の上級管理職にアンケートや聴き取り調査した結果をまとめたものだ。タイトルにある通り、趣旨は「各社CEOへのメッセージ」。企業の中心で働く人々が、何を考えているのか、本音をあぶり出すと共に対策を提案している。


CWLPの調査によれば、2008年6月から2009年1月までにアメリカの大卒労働者の14%が職を失った。そのうち32%は解雇されたが、残りの68%は自発的に辞めている。ウィスコンシン大の調査でも同様の現象が確認されている。つまり、不況下では企業が働く人を「切る」だけでなく、働く人の側が企業を見切って職場を離れていくのだ。そして、職場を離れていく人の多くは企業に利益をもたらしていた、優秀な人材である。


問題は、優秀な人材が流出したことだけではない。残った人の士気が恐ろしく下がることだ。7割もの人がやる気喪失を訴えている。勤務先への信頼は地に落ちてしまった。


読み進めるうちに、士気が低下するのも当然という気になる。ある企業は指名解雇のやり方がひどすぎた。対象者を集めてクビを言い渡すのだが、使用したのはガラス張りの会議室。同僚に丸見えである。さらに悪いことには、解雇された人は、かつての同僚の視線を浴びながら、ついさっきまで働いていたオフィスを端から端まで歩くはめになった。こんな屈辱を与えるようでは、残った人の士気が下がらない方がおかしい。


厳しい状況にある企業経営者に、本書は残った人のやる気を保つ方法を記している。その方法のいくつかは、日本企業には当たり前だろう。例えば、まともな解雇。対象者は同僚に見えない部屋に呼び出す(それでもやっぱり、「早期退職募集」ではなく指名解雇である)。数は少ないがいくつか、選択肢を与える。自分の荷物を後日、自分で荷詰めして持ち出すか、自宅に郵送してもらうか。同僚に挨拶して去るか、それとも何も言わずにいなくなるか。これを選ばせるだけで、解雇の仕方が穏当に見えることに、私などは驚いてしまうのだが。


残った人の士気を保つ方法には、日本企業にも馴染み深いやり方もある。例えば経営陣が現場と直接対話する。ある新しいCEOは、各レベルの労働者の中で、特に優秀な人を集めて昼食を取った。年間20時間未満を充てただけだが、新しいCEOは面白い奴という評判を勝ち得た。影響力のある人と効果的にコミュニケーションすることの意義を教えてくれる。


興味深いのはボランティアの推進だ。人を切っておいてボランティアなんて言ってる場合か? と日本人なら考えてしまうけれど、これが効くらしい。丸2日、従業員に仕事を休ませ地域ボランティアに参加させると、心身ともに前向きになるそうだ。


また、不況下で他の企業が育児支援制度などのベネフィットを縮小する中、あえて拡充するのも1つの方法という。


何より大事なのはCEO自身の健康だから、きちんと休みを取るべきだし、年間1週間くらいは誰にも邪魔されない時間を確保して、頭を整理する必要があると本書は述べる。


やる気は最大のリソース。特に上級管理職のやる気やロイヤリティーは企業にとって死活問題だ。アメリカほどのシビアなリストラは行わなかったとしても、長期的な閉塞感が漂う日本も似たような課題に直面しており、本書は参考になるところが多い。