とても説得力がある育児本ですが、著者は育児の専門家ではなく経済学者です。米ジョージ・メイスン大学のブライアン・カプラン教授で専門分野は公共経済学や公共選択論。


趣旨はタイトルの通りで明快。今、望んでいるより多くの子どもを持つことを勧めています。なぜならそれはコストに見合う、利己的な行為だから。様々な研究データで説得してくれます。


子どもが畑仕事をしてくれたり、年老いた親を養ってくれるわけでもないご時世に「より多くの子どもを持つのが利己的」とはこれいかに?


本書のポイントは3つあります。


1.子育ては親が思うよりコストがかからない
2.子どもの効用は親が60代を迎えた時ピークになる
3.でも政府に頼るのは間違いだから自力で子ども・孫を増やそう


一番たくさんページを割いているのは1.で、双子と養子に関する研究がたっぷり出てきます。子どもの成長を規定する要素が遺伝なのか環境なのか、徹底的に検証するためです。

親は子どもを変えられない


結論から言えば、親は子どもの学業的成功や経済力や性格や政治的志向や宗教に対する態度などを変えることは(ほとんど)できない。仮に短期的に変えられても、子どもは長期的には遺伝によって規定された姿に戻っていく。だから、別々の家庭で養子として育てられた双子は、成長するにつれて驚くほど似てくる。逆に養子は養父母の働きかけによって、もともと持っていた性質が変わることはほぼない、そうです。


欧米や韓国における、数千の双子や養子を追跡調査して導いた結論は、日々、懸命に育児に励む親から見るとショッキングかもしれません。また、遺伝的な決定論を嫌う人には、優生学的にすら映るかもしれません。ここで注意すべきは、研究対象が先進国の中流以上の家庭であること。この研究結果をもって途上国の子ども支援や虐待対策、貧困対策が不要と主張するのは誤りである、と著者は繰り返し述べています。余談ですが、興味深い異説を提示しながら、予想される反論に次々と再反論しているのも本書の読み応えを増しています。


「親は子どもを変えられない」。この研究結果を解釈すると、貴重な休日をつぶして子どもに好きでもない習い事をさせるのは無駄であるということになりましょう。もちろん、好きで楽しめることなら続けたらいい。

今よりラクに楽しく育児しよう


著者が勧める育児は、現状を大きく変えるものではありません。目指すのは今よりちょっとリラックスした育児。例えば土曜の午前中に無理に出かけるより、子どもはのんびりDVDでも見て、親は親で好きなことをすればいい。この程度のことで子どもの将来は変わらない。親は全てを育児に捧げなくてもいい。好きなことをしても罪悪感を覚えることはないというのが、本書の趣旨です。今よりのんびりと、早く言えば手抜きをして育児しても子どもに悪影響はない。これを科学的根拠をもって理解することで、育児のコストは予想外に低いと分かり、親はもっと多くの子どもを持てるはず…というのが本書の趣旨です。


このような主張はともすると「育児の大変さを知らない父親の勝手な言い分」と受け取られるかもしれません。しかし、本書に散りばめられた、著者自身の育児(双子を含む4児の父親です)エピソードからは、カプラン教授が決して「育児をしてないイクメン」ではないことが分かります。夜中の授乳やおさまらない夜泣きや、誰かがオムツ換えを求め別の誰かがお腹が空いて同時に泣き出す…こういう状況を著者はどっぷり経験し、自ら手を動かして対応してきたようです。


大変な新生児の世話が「育児のコスト」なら、やがてコミュニケーションが取れるようになった子どもと遊ぶ楽しみこそが「育児の報酬」。その報酬を最も実感するのは、退職して時間ができた時、どれだけの子どもが訪ねてきてくれるかである…この発想、乳幼児と暮らす私はとても共感しました。

経済学者としては珍しい発想


実は経済学者の通説は「子どもを持つのはコストに見合わないから、少子化は当然」というもの。結婚や人口問題の経済分析で知られるシカゴ大学のゲイリー・ベッカー教授(ノーベル賞とってます)が代表例です。「経済学者のアイドル」であるベッカーに異を唱えるのは勇気がいるんですよね…といったことをユーモア交えて書いている下りがあって笑えます。著者はそのくらい、異説を唱えているのです。


ところで「もっと子どもを持つといいですよ」と勧めつつも、本書の論理展開は独特です。ふつうなら「政府はもっと育児支援をすべし」と続くところですが、著者はリバタリアン。小さな政府を好みます。だから政府には全く頼らず個人の行動変革を促します。

孫が欲しければ「カネと手を出し、口は出すな」


例えば孫が欲しいなら「静かに、かつ頼りがいある存在であれ」。義理の娘や息子にも信用されるくらい、子育てを経済面と物質面から助ければ、孫をたくさん持てるかも。政府でなく祖父母の自主性に任せて孫を増やすのが正解というわけですす。「孫の面倒を見ても、育児のやり方に口は出すな」といったアドバイスは日本でも拍手を浴びそうです。


ちなみにタイトルが"have kids"ではなく"have more kids"なのがポイントで、子どもを全然欲しくない人を説得しようという意図はゼロなのです。そこもリバタリアンらしいです。と言いつつ、アンケートなどで、多くの人が子どもを望んでいることを傍証するのも忘れません。


もともとは、育休復帰後、あれもこれもやらなきゃ…とカリカリしていたら経済学者の夫が「これ読んでみてー。気が楽になるよ」と手渡してくれたもの。とても面白いので、邦訳ぜひ出してほしいです。