MITの行動経済学者、Dan Ariely教授が色々な実験をもとに書いた一般書。大変、面白い。


他人と自分を比較すると、それまで満足していたのに不満を覚えるようになるとか、お買い得の高額商品と無料の低額商品を差し出されると、多くは後者を選びがちとか。なぜか損する選択肢をとってしまう、人間の非合理的な行動のメカニズムを分析している。


私がいちばん面白いと思ったのは、社会規範(Social Norm)と市場規範(Market Norm)に関する実験(p. 70〜p. 84)。被験者をパソコンの前に座らせて、丸い図形を四角い図形の上にドラッグ&ドロップしてもらう。お礼に(1)5ドルあげる場合、(2)50セントあげる場合、(3)謝礼ゼロ、「好意でお願いします」という場合。最も一生懸命作業をしてくれるのは、どの場合でしょう。


著者の実験では、(3)>(1)>(2)となった。謝礼金額が多い方が作業をがんばるが、謝礼ゼロの場合、一番がんばるというわけ。同じ実験で、5ドルの謝礼をGODIVAのチョコレートに、50セントの謝礼をスニッカーズに置き換える。すると、謝礼の種類に関わらず、作業量は同じくらいになるという。この実験から言えるのは、カネでインセンティブをつける(市場規範を使う)より、心情に訴える(社会規範を使う)方が、有効ということ。実生活でも、兵士や消防士、警察官の給料は決して高くないのに彼らが命を賭して働くが、それは社会規範のためだという。


もうひとつ、面白かったのは、Sexual Arousal(性的興奮)と意思決定に関するもの。UCバークレーの男子学生を対象に、セックスに関する様々な質問をしている。平常時には常識的な回答をする人が多いのだが、性的興奮状態に置いて同じ質問をすると、いわゆる異常性行動やデートレイプのような行動にも肯定的な答えが返ってくる割合が高まる(質問文詳細と実験の結果はp. 106以降に記載)。


極めて優秀できちんとした男性でも、性的興奮状態になると正常な判断ができなくなるということだ。性感染症や望まない妊娠を防ぐため、禁欲や避妊具の使用を訴える人は多いが、著者は「興奮状態を作らないようにする方が効果的」と結論づける。こうした主張は、性犯罪の被害者に責任を帰する保守的な論者に利用されがちなため、リベラルな知識人には嫌われる。しかし、実験結果をからは「危ない状況にはそもそも近づかない」のが最善の策ということが分かる。本気で性行動に関わる問題を減らしたいなら、イデオロギーより事実を優先する方がいいだろう。


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