6月末に一橋大学で行った講演の感想レポートが送られてきた。


特に興味をそそられたのは「自分は結婚したら主婦になりたい」と書いている女子学生が少なからずいたことだ。講演の最後の方で「キャリアか家庭か両方か自分で選んでください。どれを選んでもそれなりに大変で、楽な道はありません」と話したことへの反応である。


講演は「男女共同参画時代のキャリアデザイン」という全学部共通の講義の中の一こまで、毎回、学外から講師がやってきて話をする。単位や時間割の関連でたまたま受講した人もいただろうが、少なからぬ人が、この講義がジェンダー教育の一貫であることを知っていたはずである。それでもレポートに「主婦になりたい」と記す、その率直さには好感をもった。


もちろんレポートの中には「私は結婚しても仕事を続けたい」とか「子どもを持っても働きたい」という意見もたくさんあった。しかし「結婚や出産はしなくていいから、仕事に邁進したい」という意見はひとつもなかった。


誤解を恐れずいえば、これはとても健全なことだと思う。


入社以来12年間に、数十人の学生から就職相談を受けてきた。その多くはマスコミ志望の女子学生だが、最近、彼女たちの様子に少し変化が見られる。「結婚したい」とか「子どもがほしい」とはっきり言うようになってきたのだ。いわゆる高偏差値の大学に通う女子学生が、ここまではっきりと家庭志向を口にすることに、最初のうちは驚いた。一生懸命に受験勉強してきて、男子と同じ土俵でキャリアを積める環境にいるのに、もったいないんじゃない、と。


しかしよく考えてみれば、好きな人・価値観の合う人と一緒に暮らしたい(=結婚したい)とか、家族を持ちたい(=出産・育児をしたい)というのは、ごく普通の希望である。仕事やら昇進に影響がありそうだからと、個人的な幸せを犠牲にせざるをえないとしたら、そういう環境の方が間違っている。


私が就職活動していた12年前は、どの企業で尋ねても「女性社員はいます。でも、子どもを持って働いている女性社員はいません」という返事がかえってきた。だから自然と「子どもを産んだら辞めるんだな」と思っていた。ラッキーなことに、この10数年間に世の中が変わってくれて、気がつけば周囲には働く母親が数え切れないほどいる。不思議なもので身近な人が産んで仕事を続けていると、自分にもできそうな気持ちになる。私が子どもを作ろうと決めた理由のひとつが、こういう環境の変化にある。


自分は結婚も出産もしないかも、と思っていた20代の頃「結婚せずに老後を迎えたら」をテーマに記事を書いたことがある。ひとりぐらしのまま60代・70代となった女性たちにインタビューし、女性の1人稼ぎで買えるマンションの金額をファイナンシャル・プランナーに計算してもらい、お墓のことまで考えた。非常に勉強になる取材だったが、しかし、そういう人生をあえて選択するだろうかと、あらためて考えてみると答えはノーである。


仕事か結婚か、選ばなくてはならなかった世代にとって、仕事を続けることはすなわち生涯独身を通すことだった。この人々ががんばってきてくれたからこそ、世の中が少しずつ変わり、女性も当たり前に働くようになり、育児との両立も一昔前に比べればずいぶん容易になった。そういう意味で上の世代に対する感謝を忘れてはいけないと思う。


ただ、自分自身が「戦った結果、ひとりを選んだ」からといって、それを他人に勧めるのはいささか無責任だ。戦うに値する対象をもたない人もいるし、孤独に耐えられない人だっている。ひとりで暮らし続けることは、精神的な強さがいるから、誰にでも勧められるものではないと思う。「おひとりさま」ではやっぱり寂しい人も多いのだ。