韓国民主化を史実に基づき描く映画「1987」が心を打つ理由

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 1987年の韓国民主化運動を描いた映画。取り調べ中の拷問でソウル大学生が死亡したことがきっかけで、事実を隠そうとする警察内の反共産主義を担う部門(=対北朝鮮)や軍事独裁政権への批判が高まっていきます。

 史実をもとに、架空の人物を数名加えて人々がいかに戦ったのか伝えてくれる。韓国現代史を知らない人にも分かりやすいです。観終わってしばらく、私は言葉が出てきませんでした。ご紹介くださったミホさん、ありがとうございます!

 デモに加わり催涙弾を浴び逮捕される大学生たちは私と5~8歳しか違いません。大学生の死に憤る彼・彼女達の心情も、運動に加わることを躊躇するノンポリ大学生の気持ちも、説得力をもって描いています。

 特定個人を神格化するヒロイズムではなく、民主化を求める「無数の人々の行動と勇気の連鎖」を描いているのが良い。取り調べ中に殺されたソウル大生も、デモ中に被弾して亡くなった延世大生も、等身大の若者として描かれています。

 殺された大学生の親族が嘆き悲しむ姿、それを力づくで排除する治安部隊。その非人間性を憎む公務員たち。収監された実行犯たちの名前を記録し、政治犯として獄中にいた元新聞記者に託す看守。気が進まないと思いつつ、民主化運動の闘士に必要な情報を届けるメッセンジャーの女子大生。お寺や教会など、多様な人々ができることをします。

 活動家だけではなく、一般人の動きも丁寧に描かれます。治安部隊と衝突した大学生のデモ参加者をとっさに匿う商店主のおばさん。大学生の呼びかけに応えて街に出る市民の中には、Yシャツにネクタイ姿の会社員がたくさんいます。道に出ている彼らを応援すべく、オフィスビルやバスの中から、人々が賛意を示します。

 象徴的な悪役は対共産主義を担う部門の所長で、彼は「アカをつぶすのを邪魔する奴は、誰であれ、アカとみなす」という極論の持ち主。反政府活動に関わる人々を容赦なく拷問で死に至らしめていきます。脱北者である彼が反共の担い手になる理由は、物語の後半で明かされます。この人自身が思想戦争の犠牲者だと感じるシーンです。

 そして、問題の構造を作っている張本人(南北のトップ)は写真やテレビ画面でしか出てこないところも上手い演出だと思います。目に見える悪をつぶすだけでは終わらないことが分かるからです。

 先に、安易なヒロイズムではないところ、をこの映画の良い点と書きましたが、ひとつヒーローを挙げるとしたら、それはメディア、取り分け新聞でしょう。

 尋問中に亡くなったソウル大生について、記者たちは本当の死因を探ります。当局が公表した理由を信じられない記者は地検に足を運び、警備員に制止されながら建物内に入ろうとし、良心的な検察官がわざと置きっぱなしにした資料から死因が拷問であることを突き止めるのです。

 それが一面トップの記事になると、新聞社に軍がなだれ込んできて資料をひっくり返し、記者たちに乱暴をはたらきます。このシーンから日本でも憲法21条で定められている「表現の自由」や「言論・出版の自由」がもともと何のためだったのか、分かるでしょう。

 映画の中では、あきらめない記者たちの姿が描かれます。公式な発表を無視して「取材しろ!」と部下の記者たちに命じる新聞社の管理職は、普通の中年男性ですがこういう人たちが民主化を求める人々を支えたことを感じます。

 日本ではどんな報道をされていたのか気になり、主要全国紙の記事データベースを見てみました。たくさんの記事がある中で特に私が良いと思ったのは、日韓有識者や大学生、一般市民の多様な声を伝えた読売新聞1987年6月24日付の記事と、韓国の新聞記者の奮闘を伝えた朝日新聞の同年8月18日付の記事です。