気分転換に書店へ行き、女性向け生き方本のコーナーを見ると「がんばらなくていい」という本と「がんばれ」という本にきれいに分かれることに気づいた。


基本、有名人が書いているから「がんばらなくていい」の方が当たりが柔らかい。読者は「○○さんもがんばらなくていい、と言っている」と安心できる。でも、私は「がんばらないと満足できる人生は歩めませんよ」という本音を書いてくれる人の方が好きなんだなあ…と実感した1冊。


林真理子と野心の組み合わせが、あまりにぴったりだから「読まなくても内容が分かる」と思っていたり、著者や売れているものへの反発心から「読みたくない」と思っている方にこそ、勧めたい。


林さんの小説の、それほど熱心な読者ではないのですが、ぱらぱらと前文を見て、これは面白そうと思った。本気で書いていることが伝わってきたからです。本書のメッセージは2つに集約される。1)満足いく人生を歩むため、できるだけ上を目指せ。2)野心と努力のバランスを大切にせよ。


1)についてはかなり厳しい言葉を使って、現実を直視せよと説く。悔しいと思ったとき、理想と現実のギャップを見て努力でそのギャップを埋めよ、と。


そんなの無理だよ、と思う「普通の読者」に実体験の数々を示す。画びょうを握らされるようないじめにあった中学の人間関係から逃れるため、皆が行かない進学校の高校にすすんだこと。しかも勉強を頑張るだけでなくすごい交渉をしている。新卒で40社から採用不可通知をもらい、それをリボンで束ねてしまっておいたこと。


根本にあるのは、停滞している時、どん底にある時「本来はこんなはずじゃない」と自分を信じ続ける、自己肯定感の強さだ。戦争で人生をこわされた母から聞いた言葉も後押しになっている。


ただし、成功はやみくもな自信ではつかめない。2)で示されるのは、理想と現実のギャップを埋めるための努力の必要性だ。電車の中で著者に小説の添削を頼んできた見知らぬ青年を批判しながら、チャンスが欲しければ説得力ある実績を作れ、と説く。


あ、シェリル・サンドバーグと同じこと言ってる、と思った。サンドバーグは「リーン・イン」の中で、めったやたらと「メンターになってください」と頼む若い女性を批判していた。ただ助けてくれと言うだけでは、忙しい人の心をつかむことはできない。


若い女性は第四章 野心と女の一生だけでも読むといいです。専業主婦になって安定して楽しくやっていけるのが、どれほど少ない人たち化、身もふたもない現実を書いてくれています。だから結局、多くの普通の女は、短期的に両立で髪振り乱す時期があっても、やっぱり自分で稼ぐ方がいいと。


そして何より、主婦に向くかどうかの判断基準は、家事が得意かどうかだけでなく、自己顕示欲の多寡である、という指摘はなるほど、と思いました。家族にだけ褒めてもらえたら(しかも家事をやっても褒めてもらえないことの方が多い)満足できる、自己顕示欲が少ない人は主婦に向いている、というわけです。


成功した女性による、成功するための心得を書いた本書は、勝間和代「有名人になるということ」にも似ています。勝間さんが社会人になって以降のお話にフォーカスしているのに対し、本書はより遡って人生を振り返っている点が違うだけで、根本に流れている発想は同じだと思いました。人生は有限。やりすぎて後悔するより、やらずに後悔する方が、いやだよ、と。


でも、私がもっと似てる!と思ったのは、今野浩スプートニクの落とし子たち」です。副題にある通り「理工系エリートの栄光と挫折」を描いた本書は、日本における金融工学の第一人者である著者が、超絶に優秀なのに報われない人生を送った友人たちを描いた物語だ。終りの方に、登場人物(ほとんどがビジネスパーソンがよく知っている実名)の人生を星取表で示す数ページがある。人間の人生は勝ち負けでない、という優しい人々はこういう見方に嫌悪感を示すが、本音ではやっぱり、今、あいつの方がこいつより勝ってるな、と無意識で評価を下しているのではないか。


スプートニクの落とし子たち

スプートニクの落とし子たち


理系研究者と作家では、能力の方向性は異なるが、その結果が明示的に分かる点は驚くほど似ている。研究者、とりわけ世界で競争する研究者は、より評価の高い学術誌に論文を載せようと日夜研究に励む。頭が良いだけでなく、他人に出し抜かれないよう戦略的に動くことを求められる。その人の仕事における現在価値は、ウェブサイトに英文履歴書の形で公開されていて、素人が見ても??だが、見る人が見れば一目瞭然である。


作家も同様に、何年にどんな作品でどの賞を取ったか、プロフィールに書いてあるし、それらが何部売れたのか、業界内の人はおよそ知っている。2つの本で異なるのは、後輩世代へのアドバイスの有無くらいだ。


結婚や出産や育児で衰えないどころか、ますます燃え盛る野心。競争の世界で勝ち続ける人の視野。これは女の生き方本コーナーだけでなく、ビジネス書のコーナーにも置いた方がいい。