今日は私が所属するCEWの設立者兼元ディレクターのジーン・キャンベルさんとランチをご一緒した。


彼女は43年前、ミシガン大学の副学長に掛け合ってこのセンターを作った。当時女性は大学に入学するものの、在学中に結婚・出産でやめることが多かった。そういう人たちがもう一度大学で学べるよう手助けするためにセンターを作った。


副学長は男性だったが、当時は製造工場で労働力が必要とされていたことから「女性もきちんと教育を受けて労働参加すべき」と考え、センターの設立に賛成したそうだ。ちょうど今、日本で人口減少と労働力不足への懸念から女性活用が進んでいるのと同じ状況だったのだ。


最初、センターはキャンパス内にあるミシガン・リーグという建物(写真)の中にあった。当時女性は正面玄関からの出入りを禁じられていた。センター所属のカウンセラーは、初の訪問者の手を引いて建物の中に案内したそうだ。門番に行く手を遮られるのを防ぐためである。


ジーンさんは「今ではミシガン・リーグを女性が普通に歩いているでしょう。確かに大きな進歩があったわね。もちろん、まだまだ課題は多いけれど」と言う。アメリカ女性の地位がこの40数年で、どれだけ向上したか、彼女の話を聞いていると驚くことばかりだ。


苦労して道を切り開いた人は後輩世代に厳しくなりがちだ。「私はこんなに大変だったんだから」とか「甘えないでもっと頑張りなさい」とか。ジーンさんにはそういう説教くさいところが微塵もなく、ひたすら相手の話を聞く。たまに自分が少し話すと「いけない、いけない。あなたの話に戻りましょう」と言って微笑むのだった。もう引退して何年も経つが、CEWの現役スタッフが彼女を慕う理由がよく分かった。


彼女は自分の名前を冠した奨学金をCEWに提供している。実は私もそれをいただけることになった。米国滞在中は取材や会議出席で10数回も旅行に出た。ジーンさんの奨学金は旅費の一部に充てられるのでありがたい。