良い本屋さんがあること。しかも自宅から最寄り駅までの間にあると嬉しい。


5年前、アメリカから帰って部屋探しをした時、色んな町のマンションを見た。人気の界隈だけど狭くて日当たりが悪い割に高かったり、便利で手ごろな家賃だけれど、窓の外から見えるのが隣のビルのエレベーターだけだったり、部屋は素敵だけど通勤に不便だったり。なかなかぴったりくる部屋がないなあと思っていた時。


「今日はもう遅いので、内覧は明日以降で」と言われて、不動産屋さんに渡されたチラシの住所を頼りに、夜、建物だけ見に行って「ここに住みたい」と思った。


駅の近くの商店街が生きていた。スーパーもドラッグストアもあった。何より、夜遅くまでやっている書店があった。こんな時間まで本屋さんがやっているのか…と思い、夜、ふらふらと外出して立ち読みする自分の様子を想像した。そしてそれは実現した。


実際に住んでみると、買い物や通勤の便もさることながら、この書店のおかげで日常生活が豊かに感じられる。


子どもが出来てからは、自宅と保育園と会社をぐるぐる回る生活になったから、通勤途中に良い本屋さんがあることは、生活の質を左右した。


何を持って良い本屋さんと言うかは、人それぞれだろう。そもそも新刊があふれかえる今、「欲しい本が見つかる」という意味ではネット書店の方が何倍も便利だ。実際、欲しい本のタイトルが決まっている場合や、仕事で必要な本を探す場合は迷わず、アマゾンへ行く。そこそこ大きな書店で目当ての本が見つからないという経験を何度かしてからは、特にその傾向が強まった。


ただ実は、本好きにとっては指名買いだけでなく「そういう本が出てるんだ!」と知ること自体が楽しみになる。「そういう本」とは、好きな作家の新刊だったり、好きなジャンルの比較的新しい翻訳書だったりする。「あの本が文庫になってたんだ!」と知るのも楽しい。要するに本の在庫や並べ方そのものが「自分にとって意味のある情報」として機能している。


確かに超大型書店へ行けば、お気に入りはほぼ確実に見つかる。ただし超大型書店のある街は仕事で行く場所であって、住む場所ではない。今の私には、週末ごとにそういう場所へ行く時間の余裕がない。


だから住んでいる街に、中くらいの良い本屋さんがあるといい。10分もあれば一周りできて、でも、自分にとって意味のある本たちが並んでいる。そういう手ごろな本屋さんのある街に住んでいると、乳幼児を夫に任せて「ちょっと1時間」外出するだけで十分に気分転換できる。


この本屋さんがある街に住んでてよかった、と、金井美恵子の新作が入り口近くの棚に平積みにされているのを見て、思った。


そんなわけで、Ann ArborのBordersがどうなったか気になっていて、Googleの地図に「この場所は現在既に営業を終了しています」と表示されているのが、すごく寂しかった。小さい町にああいう本屋さんがあるのって、本当にわくわくして楽しかったので。