文化人類学者が現代日本について学ぶ学生向けの教科書として書いた英語の本です。


Capturing Contemporary Japan: Differentiation and Uncertainty

Capturing Contemporary Japan: Differentiation and Uncertainty


今年始め、ハワイ大学出版会から出たもので、この20年、日本で起きた変化と人々の対応を描いています。焦点を当てるのは、例えば、バブル世代の働く女性、家族の高齢化、コンビニエンスストアの増加、働く独身女性、有機農業に携わる人々など。


背景には、バブル崩壊後に続いた経済停滞、グローバル化の中で変化した雇用の形態、少子高齢化など、私たち日本人が「今」を語る際、当然の前提としているマクロ経済の変化があります。


日本人が読んでも発見があると思います。例えば「困難な時期における仕事と家庭生活」と題した、ある関西の家族を、世代を超えて観察した一節。主人公はある女性とその家族で、彼女とその夫、そして3人の子ども達の仕事と家庭生活を描いたものです。


ここで提示されるテーマの一つに、学歴社会の問題があります。主人公は中学を卒業してすぐ、あるメーカーの工場で働き始めました。1950年代生まれの彼女が就職した当初、経済成長を背景に雇用は拡大しており、正社員になれました。15歳から働き始め、50歳で早期退職するまで35年間勤務。最終的な年収は600万円に達しています。共働きだったので一戸建ての家を購入し、子どもを私立学校に通わせる経済的なゆとりもありました。


一方、主人公の子ども達(現在20〜30代)は、母親より高い学歴(高校や大学)を獲得するものの、いわゆる正社員には就いていません。皆、それぞれ、国家資格を取得したり、「手に職」をつけているにも関わらず。ここに、親と同じ経済階層に達することが難しくなった現代日本の様相が端的に表れています。マクロデータを見ても、どうもピンとこない場合でも、このような的確な事例は、たとえn=1であっても雄弁に伝えるべきことを伝えてくれます。


もう一つ、描かれるテーマは文化資本を通じた階級再生産の問題です。主人公もその夫も、子ども達をとても可愛がります。家族はとても仲が良く、不登校や引きこもりといった問題は起きていません。


しかし、子ども達は勉強の仕方を知らず、学校の成績は最下位のまま高校へ進学していきます。社交的で友達が多かったため、宿題などは手伝ってもらって乗り切ることができますが、年を経るにつれて、対人関係スキルだけで済まない問題が生じてきます。主人公である母親は、後に、もっと子どもの勉強に気を配ってやればよかった、と後悔しています。


皮肉なのは、このような本を読む社会階層においては、ここに登場する母親のような後悔は、おそらく発生しない、ということでしょう。メーカーの工場に勤務している間に、母親は何度か昇進試験を受ける機会があります。ところが「勉強の仕方が分からない」ために試験に落ちてしまうのです。雇用主は試験勉強のための体系的な支援をせず、彼女の昇進は頭打ちになってしまいます。


これはとても勿体ないことで、なぜなら彼女は職場の業務を改善することに喜びを見出し、異動のたびに職場のマニュアルを自主的に作成するほど、モチベーションの高い従業員だったからです。経営や社会問題について、一定の知識がある人が読めば、この企業が体系的な研修制度を設けるとか、やる気のある従業員に学び直しの機会を提供していたら、この人はもっともっと、能力を活かすことができたはずなのに…と思うでしょう。私もまさに、そう思いました。


興味深いのは、この研究は数十年にわたり行われているということです。同じ女性がこちらの本にも登場します。この本は同じ著者(早稲田大学アジア太平洋学科のグレンダ・ロバーツ教授)の博士論文がもとになっています。

Staying on the Line: Blue-Collar Women in Contemporary Japan

Staying on the Line: Blue-Collar Women in Contemporary Japan


最後に、私自身が読んでいて、いちばん素敵だなと感じたのは、この家族が「非伝統的」であることです。同世代の女性は結婚退職するのが当たり前だった時代、この女性は出産後も働き続けました。産休のみで復帰し、保育園を利用できる時期までは実家の助けを借りながら、3人の子どもを育ててきたのです。


夫はおそらく、30年経った今の日本男性と比べても進歩的な人で、当たり前のように家事を妻と分担し、子ども達を可愛がり、家族一緒に外出を楽しみ、子どもが大きくなってからは夫婦で共に日本中を旅行しています。病気で体を壊してからは、仕事量を減らし、代わりに家事全般をこなしてきました。治療費など経済的な不安について夫婦喧嘩もあった、と書かれていますが、描かれているのは、性別役割分担とも、男尊女卑とも、家庭内別居とも無縁の、仲の良い幸せな家族なのです。


現代日本人の生き方について、海外のジャーナリストや研究者が取材や研究をする機会があったら、ぜひ、本書を読んでからにしてください、と言いたいです。ステレオタイプな日本のイメージとは異なる、でも、確かに時代の流れの影響を受けて奮闘する人の姿がきちんと描かれているからです。